SNSは急激に進化し、
人々を魅了していったが、
最近、若者の「SNS疲れ」が増えてきていると
僕は個人的に感じている。

どういった点で感じるかというと、
・鍵付きのアカウント
・アカウントを消して新たに作り直す人
・親しい人だけが見られるストーリー機能
主にこの3つである。


最近、鍵付きのアカウントが、増えているような気がしている。
(完全に感覚でしか言っていません)
友達の投稿をフォローせずに見ようとしても
鍵がかかってて、ちくしょう!。
そんな経験はないだろうか。
ちなみに僕はめちゃくちゃある。
ただこれは、かなり前からあった機能であり、
鍵をかけているからと言って、SNSに疲れたとは言えなさそうだ。
そこで次の点である。


アカウントを新たに作り直す人。
まわりにそんな人はいないだろうか。
僕の周りにはいたのでインタビューをしてみた。
すると「フォロワーが増えすぎて、一度整理したかった。」
という理由が圧倒的に多かった。

これは鍵をつけることに繋がっているようにも感じた。
つまりInstagramは、不特定多数への、
もしくはできるだけ多くの知り合いへの発信ツールではなく、
仲がいい、or自分の投稿にいいねをしてくれる人たちを囲って
投稿するツールになっているのではないだろうか。


少し前についた、親しい人にしか見えないストーリー機能も
その傾向を表しているような気がする。
フォロワーのなかでも親しい人にだけ見せたいものがある。
反対に言えば、親しい人以外には見られたくないものがある。
ということだ。


そこから僕が感じたのは、
不特定多数、特に仲が良くないフォロワーに
自分の投稿を見せても、もしくはいいねをもらっても
あまり欲が満たされなくなってきている。ということだ。

発信先とそこから得られる報酬が虚像であることに気づいてしまい
どんどんと発信することに意欲がなくなってしまった。
つまり疲れてしまったのではないかと僕は推測する。

そんな中で、より質のいい報酬を求めるべく
鍵をかけたり、フォロワーを整理したり、
仲がいい人にだけストーリーを公開したりして、
不特定多数ではなく、自分に興味を持ってくれる人、
自分の話を聞いてくれる人を囲うのではないだろうか。


つまり傾向としては、どんどんと狭く深くコミュニティを
築いていこうという流れになっている。


このように、人間の欲はどんどんと変化し、
それに伴ってSNSや、コミュニティの在り方も変化している。

若者は、虚像への発信と報酬に疲れ、
より深い関係性の中での自分の存在を求めている。
きっと時代もこの流れに合わせて新たなSNS、コミュニティが
生まれていくだろう。

そんな中、
Instagramによって我々の欲が無意識に引っ張り出されたように、
受動的でいるだけだと、操作される一方になる可能性は高い。

常に自分とは何か、なぜこの行動をするのかを考え、
能動的に行動し、それらを上手く使っていくことが
大切なのではないだろうか。

いっちょ前に2編に分けて
こんなつまらない分析をしてしまってごめんなさい。
どうだった?
共感?
難しい?
感想待ってます。
読んでくれてありがとう。